※伊織さんの了解を得て「植物乙女」より転載しております。
「なんであのときcafe」に行ってまいりましたレポートです。(前編はこちら)
前回のなんあのリスナー会レポがインタビュー風だったので今回はエッセイ風を目指しました。
ちなみにカフェに7時間も滞在しておりましたので、時系列や細かい会話がごっちゃになっている可能性がございます。予めご了承ください。
マスターが席をはずしていた時のことだ。また誰かが階段を上がってくる音がして、男性がひょっこりと顔をのぞかせる。
「ああ、どうも」
黒いパーカーの下にボーダーのカットソーに包まれた体は驚くほど細く、髪型はいわゆる“ぼっちゃん刈り”。リスナーなら最後のキーワードだけでその男性を特定できるかもしれない。そう。なんであのとき放送局のパーソナリティーの一人、なんであのとき放送局神ことじょうでん先生だ。
「伊織さんですか?」
先ほどから何度も経験しているはずの「はじめまして」にもかかわらず、未だ挙動不審な私に、じょうでん先生は優しく笑いかけてくれた。
事前に話は聞いていたのだが、じょうでん先生はお忙しい中、わざわざ時間を割いてくださったらしく、その日もこれからお仕事に向かわねばならないとのことだった。
「行かなくて大丈夫?」と何度もたずねるマスターに、私が差し入れしたクッキーを頬張りながら「物事には優先順位ってものがありますから」と答えるじょうでん先生。
私がくまのぬいぐるみとのツーショットを頼むと「どうしようかな……」としばらく悩んだあと、「猫がいたんですよ。僕は連れて帰りたかったけど、連れて帰り方がわからなかったんです。でも、あの時こうすればよかったなぁ……というのをやります」と言って、パーカーのファスナーを半分ほどあげると、その中にくまを入れてくれた。
お別れの時間はあっという間にやってきた。
「これ以上は女上司に殺される(イントネーションは ころ↑される)」と言って、じょうでん先生がおもむろに立ち上がる。名残惜しいが、もちろん引き止めることはできなかった。
「また来て下さい。お菓子をいっぱい持って。僕はお菓子が好きなので、お菓子を持ってきてください。でも、僕は持ってきません」
そういって階段を下っていくじょうでん先生に手を振りながら言った。
「わかりました!」
じょうでん先生ファンに心から伝えたい言葉だと思った。
じょうでん先生が居なくなり、少し静かになった店内で、極楽うさぎさんが手元のスマートフォンを見ながらつぶやいた。
「そろそろタツラウさんが到着するそうです」
私は驚いて声を上げる。
「タツラウ会長も来られるんですか!?」
名古屋タツラウ会の会長は、このカフェの常連さんである。名古屋タツラウ会の詳しい情報はこちらを見ていただくとして、まさかあの会長にお会いできるとは思っていなかった。ちなみに棚にあるミロは彼のマイボトルならぬマイミロなのだ。
その連絡から程なくして、髪の毛をきっちりとセットしたやさしそうな男性が現れた。ツイキャスやデストロイラジオで聞いた事のある、耳なじみのいい低音ボイス。タツラウ会長だ。
挨拶を済ませると、なぜかワンピースのクリアファイルをくれる会長。なぜなんだ会長。どうしてなんだ会長。尋ねたい気持ちはあったが、失礼に当たるかもしれない。私は言葉をぐっと飲み込んでファイルを鞄にしまった。
極楽うさぎさんとタツラウ会長が話に花を咲かせているのを眺めていると、マスターが私に一冊の本を差し出してくれた。少し古い雑誌で、開かれたページにはたくさんの写真が掲載されている。
「そこに載ってる“うしお”が24くらいのときの僕とJOHNJくんです」
それは若手お笑い芸人を特集した雑誌だったらしい。舞台の上でしゃべっているお二人の写真が掲載されている貴重な雑誌だ。
「コントをされてたんですか?」
「そうっすね。あ、その雑誌の付録のDVDに映ってますよ。見ます?」
「是非」
頷くと、厨二部屋へと案内された。あの“厨二部屋”である。
なんであのときcafeは入り口を入ってすぐに階段があり、その階段は途中に踊り場があって折り返す造りになっている。そして踊り場の壁にはドアがあり、ドアの向こうにはVIPしか入ることができないと噂されている隠し部屋、通称“厨二部屋”が広がっているのだ。
不動産用語で言えば中二階に値するその部屋は、少し天井が低く秘密基地めいていた。靴を脱いでカーペットの上に座る。大きな冷蔵庫とねこのお医者さんのかぶりもの、漫画の並んだ棚とテレビ、DVDプレーヤー。スーパーファミコンの周りにはソフトが無造作に散らばっている。なぜかマリオカートが2本もあった。
マスターがDVDをセットする。メニュー画面には若手お笑い芸人のコンビ名が並んでいた。
「面白くないですよ」
マスターはそう言って“うしお”を選び……しかし、再生ボタンが押されない。疑問に思って振り返ると、マスターが言った。
「あの有名なオードリーでさえこの時はこの程度だったってのを先に見ましょう」
再生されるナイスミドル(現オードリー)。何度も見ているはずのマスターが、二人のネタで小さく笑った。
マスターとDVDを見ていると極楽うさぎさんとタツラウ会長も厨二部屋に現れた。スーパーファミコンでテトリスをプレイする流れになり、マスターはスーパーファミコンの準備をしながら、カセットをセットするコツを教えてくれた。
まずは私とタツラウ会長で一戦。私が負けて、コントローラーを極楽うさぎさんに渡した。極楽うさぎさんとタツラウ会長でまた一戦。そんな私たちをドアにもたれながら見ていたマスターが、しみじみと「僕はこの光景が見たかったんです」と言った。
テトリス大会を終えカウンターに戻ると、一通りの調理を終えたJOHNJシェフが厨房から出てきていた。JOHNJシェフの先輩であるミスターブラックも登場し、この日からカフェに設置されることになったユニセフの募金箱について、JOHNJシェフからその経緯を語ってもらうことになった。
「偽善だなんだってケチつけるやつも居るけどさぁ、やらねぇよりはやったほうがいいんだよ」
あえてここに詳しく書くことはしないが、とにかくそんなメッセージを受け取った。詳しい経緯を知りたいなら、直接JOHNJシェフに尋ねてみるのがいいだろう。
「そういえば、カフェラテのこと忘れてましたね」
会話を楽しんでいると、ふと思い出したようにマスターがそう言った。時刻は18時過ぎ、注文から4時間ほどが経過している。
実はいつ言い出そうか迷っていたんです。その言葉を飲み込んで、私はあいまいに笑った。
出てきたカフェラテには、なんであのときcafeの看板にもなっているねこがラテアートで表現されていた。
私はカフェラテが飲みたかったわけではなく、このラテアートが見たかったのだ。さめないうちに頂かないとと思いつつも写真を撮っていると、アヤコーホーさんがカップの中を覗き込んできた。
「どうしたのー、今日は上手じゃん!」
「今日はって言わないでくれる!?」
ラテアートの出来には波があるらしい。多少不細工な時があってもそれはご愛嬌ということで。
缶ビールと焼酎のお湯割りを飲みながらJOHNJ節を炸裂させたJOHNJシェフも、とうとう帰られることになった。
極楽うさぎさんが握手を求め、私もそれに便乗して握手をしてもらった。JOHNJシェフが私の手を握ったのと反対の手で、私の腕をばしばしと叩く。マスターが笑いながら「伊織さんに触らないで!?」とツッコんだ。
JOHNJシェフが帰られてしまったことへ感傷を覚える暇もなく、お客様が三名来店された。お店がにわかに活気付き、まだカフェをはじめて二週間ほどのマスターがまさに文字通り右往左往している。
一番印象に残っているのは、彼が氷を頼まれたときの動きである。カウンターに戻ってきた彼がミスターブラックから氷の入ったアイスペールとトングを受け取り、なぜかカウンター内でサッカーのフェイントのようなステップを踏んだのである。右へ、左へ、右へ。そして、最終的には何かを蹴飛ばしながらお客様のいるテーブルへ向かって行くその後姿と言ったら……。そういえば、蹴飛ばした何かは無事だったのだろうか。そして、あのステップはコンビニバイトで培った“ピボット”だったのだろうか……。
最初の注文ラッシュが終わるころ、タツラウ会長がオーダーした「トクマスんちの晩ごはん定食」がカウンターに現れた。
その日のメニューは牛丼、お味噌汁、サラダに、ジャーマンポテト。アヤコーホーの作った晩ごはん定食はまさに“お母さんのごはん”そのものであり、一人暮らしの荒れた食生活の若者なんかに食べさせた日には、田舎を思い出して泣いてしまうのではないかと思うほどだ。
タツラウ会長は定食をあっという間に完食し、その食べっぷりに魅了された私と極楽うさぎさんも晩ごはん定食をオーダーすることにした。
パスタを食べたのが15時ごろだったので、晩ごはん定食は少なめにしてもらうことにした。臨機応変に対応してくださったアヤコーホーさんに感謝である。
「名古屋なんでお味噌汁が赤だしですみません」とアヤコーホーさんは謝っておられたが、それこそがお出かけの醍醐味であるし、何と言っても「トクマスんちの晩ごはん」なのだから問題なんてあるわけが無い。
アヤコーホーさんはお料理がとても上手で、晩ごはん定食はとても美味しかった。サラダのドレッシングがキユーピーの深煎りゴマドレッシングなところも含めて、実家のような安心感すら与えてくれる。完売する日がある人気メニューなのも納得だ。
晩ごはんを食べ終わり、気付くと21時を回っていた。ここまで長居するつもりはなかったのにと、時間のたつ早さに改めて驚く。
「そろそろ帰ります」と席を立つと、マスターがエプロンを外し私を見送る準備を始めた。いやいや、と慌てて止める。まだ会計を済ませていなかった。
「長時間ありがとうございました」
外に出てから振り返ると、マスター、アヤコーホーさん、それからタツラウ会長までもが見送りにでてきてくれていた。
「また来て下さいね」と言われて頷いた。
外はすっかり暗くなっていた。楽しくて笑いすぎて体温が上がっていたらしく、ぬるい夜風が心地いい。
駅に戻る道すがら、私は楽しかった時間を反芻しながら「必ずまた来よう」と思ったのだ。
なんでもない平日のお出かけにカフェを訪ねた話 後編
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